commentary

綾戸智恵綾戸智恵
ジャズシンガー

命が心臓だけやなく脳にあるとよく聞く。
けど脳。未知や。
好きな曲のメロディーやリズムなんかある。
手や肩に触れる事も大切やけど、脳の奥に触れる音楽。
もっとええ歌うたわな!

野原重明日野原重明
日本音楽療法学会理事長 聖路加国際メディカルセンター理事長

病気や障害によって心や体を止んだ人を
理解と愛情をもって支えていくことが音楽療法です。
この映画はアルツハイマー病について音楽療法が
それを実践していることがよく描かれています。
多くの人に見てもらいたいと思います。

パーソナル・ソング:音楽が灯す内なる光

佐藤 正之
三重大学大学院医学系研究科 認知症医療学講座 准教授
三重大学医学部附属病院 音楽療法室 室長

2013年12月、国際アルツハイマー病協会が公表した政策提言によると、現在世界には4,400万人の認知症患者がおり、2050年にはその数は1億1,500万人に達するという。今のところほとんどの認知症性疾患には根本治療法はなく、認知症のフォローにおいてはcure(治療)よりもcare(療養)が主体となる。“成長の限界”に近付きつつある人類にとって、安価・簡便でしかも確かな有効性をもつ認知症への対処法が求められている。
認知症の症状は、中核症状とBPSD(行動・心理症状)に分けられる。中核症状はいわゆる物忘れを指し、病気の進行とともに確実に悪化する。BPSDは興奮や徘徊、意欲喪失や自発性低下などのことで、種々の取り組みによりコントロールが可能である。BPSDは中核症状を悪化させるだけでなく、BPSDのコントロールの成否がその患者の自宅で療養できる期間を決定する。
この映画は、音楽の力を信じる一人のソーシャルワーカー(ダン・コーエン)と、好きな音楽の入ったiPodにより生きる力を取り戻した患者たちの物語である。対象とする疾患は、認知症の代表であるアルツハイマー病や若年時から再発を繰り返し次第に運動機能が侵されていく多発性硬化症などの神経疾患、さらに双極性障害などの精神疾患を含む。その中でもっとも力点が置かれているのがアルツハイマー病である。マイケル・ロサト=ベネット監督は当初、一日だけの取材のつもりだったが、コーエンが用意したiPodの音楽を聞くことで、無反応でただそこに存在していた患者が活き活きと目を輝かせ、歌い、しゃべり、質問に答える姿を目の当たりにする。コーエンの取り組み(それには、資金集めの苦労も含まれる)を追ううちに、取材は3年の長きに及ぶ。抜け殻のように車いすやベッドにいる患者が、iPodのスイッチを入れた途端に文字通り目覚め、体を動かし、昔の思い出を語り出す。特に、車いすの上で俯いたまま娘の名前も分からずに座っているヘンリーが、音楽を聞いて歌った後に監督の「音楽とは何?」という質問に対し「音楽とは愛と夢だ。世界は音楽を必要としている。神が私に音楽を与えてくれた。」と答える様子は感動的である。「抗精神病薬は灯りを消すことはできるが、灯すことはできない。音楽は患者の心に生命の灯りを灯すことができる。」ビル・トーマス医師のこの言葉が、映画の内容を凝縮している。コーエンと監督の夢は、全世界のナーシングホームにiPodと音楽が届けられることで、この映画の成功はその夢を大きく前進させつつある。
この映画は、一人一人の患者が音楽で目覚めていく物語である。音楽療法に携わったことのある人なら皆、この映画と同様の経験をしたことがあるであろう。個々の症例で見る限り、音楽の持つ力は確実で明白である。音楽を聴くと脳の広い領域が活性化するだけでなく、情動を喚起し、その曲にまつわる記憶を呼び起こす。好きな曲の聴取は、その人がもっとも輝き充実していた時代の心身の状態を喚起し、追体験させる。つまり回想法と認知刺激療法、記憶増強法を合わせもつのが音楽療法と言えよう。近年、BPSDに対する音楽療法の有効性は、医学的なエビデンスとして確立されつつある。しかし今後、医療現場で広く受け入れられるためには、対象とすべき疾患や病態、音楽聴取により節約できた抗精神病薬の量とその費用、延長できた在宅療養期間などについて、定量的なデータを示していくことが必要である。この映画は、音楽のもつ可能性と効果を明示したドキュメンタリーとして、医療映画史上永遠に語り継がれるであろう。

ダン・コーエン氏の音楽療法実験と日本の音楽療法の未来

村井靖児
医学博士 聖徳大学教授
日本音楽療法学会副理事長

ダン・コーエン氏の音楽療法実験を見て、これ程驚いたことはかつてなかった。普段何もせず、デイルームで下を向いて腰を下ろしているだけの認知症の人たちが、特別の仕方で音楽を与えられて、突然興奮した面持ちで歌い、且つ踊り始める。この映画『パーソナル・ソング』には同種の事例が幾つも録画されているので、決して単なる偶然とは考えられない。
認知症の人達に歌が好ましいことは、以前から分かっていたが、このような著しい変化の報告には出会ったことがなかった。まるで病気が急に完治したような衝撃を受ける。
原題“アライヴ・インサイド”(中は生きている)という証拠をまざまざと見せつけられる思いである。すなわち、コーエン氏の功績の第一は、アライヴ・インサイドの事実を突き止めた点にある。
では認知症の患者さんたちは、それまでどうして黙りこんで充分活動もできなかったのだろうか。思い出の歌はどうして彼をもとの彼に戻し得たのだろうか。そこには2つの要因が関係していると思われる。一つ目は、聴いた曲が、昔夢中になった様々な思いの詰まる音楽であったこと。二つ目は、その思い出の歌の実況録音がヘッドホンによって、両方の耳に直接入力されたことである。
左右の聴神経に、思い出が凝集した音楽刺激を突然加えられたことが、音楽のみならず、かつての熱い思いをフラッシュバックのように思い出させ、その感動が瞬時に脳に伝えられ、それが発火剤となって、日常決して起こりえないことを引き起こすきっかけになった。ヘッドホンの装着によって他の刺激が遮断されたことは、とても大事な要因だったのではあるまいか。しかしこの推理が正しいかどうかは、今後更に知見を深めなければならないし、また認知症の進行の程度、脳の萎縮の場所との関係も、更に詳しく追求されて行かなければならない。
しかしもう一つ、ダン・コーエン氏の音楽療法実験が我々に与えてくれた重要なことは、認知症の患者さんへの個人音楽療法の道を開いてくれたことである。日本の認知症の音楽療法は、これまで概ね集団による歌唱療法が中心である。理由は、集団歌唱だと音楽療法に患者さんが喜んで参加してくれることと、その形が、患者さん皆に音楽療法参加の手法を手に入れることが出来、それによって、音楽治療の新しい可能性、極端に言えば、音楽に今まで期待されながら誰も発見できずにいた、音楽のもつ薬のような効果について研究を進める手がかりを得ることが出来たのである。今後この手法を日本の音楽療法の隅々にまで取り入れ、科学の目で音楽の効果をもっと詳しく追求していければいいと思う。その時初めて“アライヴ・インサイド”は、真の意味で治療の仲間入りすることが出来ると考えたい。

映画券のネット通販メイジャー 音楽療法学科 自主上映について