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マイケル・ロサト=ベネット

Michael Rossato-Bennett
マイケル・ロサト=ベネット
監督/脚本/プロデューサー

マイケル・ロサト=ベネットはテンプル大学で映画を学び、ヴィルモス・ジグモントの下でライティングを学ぶ。1982年、彼はシンシナティ大学でストリートダンスに関する1時間のドキュメンタリー映画を監督。その後1984年に「ビクトリーハウス」という第2次世界大戦後のオハイオの田舎町に戻った3人の若者の運命を描いていくつかの賞を受賞。
1989年にはシンシナティで写真スタジオを設立。トラベル撮影を専門としてナショナルジオグラフィック、スミソニアン、アイランド・マガジンなどのために映像を提供し、トラベル&レジャー、とりわけ英国の世界遺産の撮影を専門に撮影していた。この間に2冊の本を出版。その後弟を手伝う形でニューヨークに来てビジネス的なフィルムの制作を手掛ける。
2009年、彼は映画の仕事を本格的に再開すると、NPO団体として映像制作会社Ximotionメディアを立ち上げた。彼はモーツァルトアカデミー音楽や仏教に関するドキュメンタリー映画を製作し、本作の元となる「ミュージック&メモリー」というダン・コーエンの音楽療法プロジェクトのドキュメンタリーに取り掛かる。それがのちに映画『パーソナル・ソング』(原題:Alive Inside)となり幸運な監督デビューを飾る。現在は2つのドキュメンタリー映画を製作中。

Dan Cohen
ダン・コーエン
「ミュージック&メモリー」設立者

「ミュージック&メモリー」は、老人の生活環境向上を目的として、カスタマイズされたプレイリスト入りのデジタル音楽プレイヤーの使用を提唱するNPO組織。アメリカだけでなく海外でも長期介護センターで活動している。アデルフィ大学からソーシャルワーク学修士を修得しており、テクノロジーの効果的な使用方法を研究している。

Barry Cole
バリー・コール
ミュージック・スーパーバイザー

80以上もの作品でスーパーバイザーとして活躍。2013年にはドキュメンタリー作品「マーレー」のサントラのプロデューサーとしてグラミー賞にノミネート。映画とTVのクロスメディア・プロデューサーとしても活躍しており、テクノロジーを駆使した観客参加型を目指して様々な企画をプロデュース。ニューヨークベースの映画スタジオ<シューティング・ギャラリー>での音楽部門を担当。

Itaal Shur
イタール・シュール
作曲

マッチボックス・トゥエンティのロブ・トーマスとの共作で、サンタナのヒット曲“スムース”の作曲家として知られている。2000年の
ベストソングとして、この曲でグラミー賞を受賞した。またグルーヴ・コレクティブの設立者としても知られている。またR&Bシンガーのマックスウェルと共に作曲した“Ascension”はデビューアルバムの“Maxwell’s Urban Hang Suite”に収録されている。作曲活動でけでなく、アーティスト育成会社も設立。放送用やアニメ用の作曲も手がけている。

Dan Cogan
ダン・クーガン
エグゼクティブ・プロデューサー

社会的な変革を目指したファンド/コンサル会社Impact Partnersの共同設立者で、2007年設立以来、50以上の映像作品に関与している。2010年にアカデミー賞を受賞した『ザ・コーヴ』、2009年のアカデミー賞候補『The Garden』、『Hell and Back Again』は2011年サンダンス映画祭で審査員賞と撮影賞を授賞。『How to Survive a Plague』は再び2013年アカデミー賞にノミネートされた。2013年9月には Gamechanger Filmsを設立。女性監督によるフィクション映画のみの投資を目的としたファンド会社である。

Production Note

今から3年前、マイケル・ロサト=ベネット監督と、ソーシャルワーカーで老人ホームや病院で音楽活動を主催するNPO団体ミュージック&メモリーの設立者のダン・コーエンが出会ったのが、この作品のきっかけだった。ダンの紹介で、監督は認知症に苦しむ94歳のヘンリーと出会う。彼の手元には、ダンが選曲し、彼の趣味に合うと思われるお気に入りの曲を入れたiPodがある。今では娘の名前も分からなくなってしまいただ物憂げに座っているだけのヘンリー。しかし耳にヘッドホンをあてられ、お気に入りのゴスペル曲が流れてくると、表情がパッと明るくなった。目には力がみなぎり、視線も鋭くなって背筋をピンと張り、曲に合わせてリズムを刻み始めた。「一番好きな歌は?」と聞かれてキャブ・キャロウェイと答えるヘンリー。1930年代から40年代にかけて活躍し、エネルギッシュなスキャットの歌手として知られるキャブ・キャロウェイの歌に合わせて、なんとヘンリーは身振りを交えてしっかりとした声で歌い始めたのだ。
「ヘンリーはこの10年間ただ廊下に座って呆然としているだけだった」と語る監督。「ダンは彼が好きだった音楽を集めてiPodに入れて聞かせた。するとまるで音楽を初めて聞いたように急に目覚め、突然立ち上がって指揮者のように動き始めた。人が目の前で死んだような状態から生き生きした様子に変わるのを目撃したんだ。まるで魂が身体に戻ったようだった。」
このヘンリーに起きた反応こそ、長年の研究を経て判明した「どんな刺激よりも音楽が脳に与える影響が最も大きい」という事実の証明なのである。科学者の調査によって、音楽に刺激されると、喜び、動き、そして記憶をコントロールする脳の部分が強く反応することが発見されている。

「老人介護における大きな問題点は抗精神病薬に頼りすぎていることだ」と監督は語る。老人ホームの患者の20%が抗精神病薬を使用している。しかしヘンリーのような患者にとっては、音楽こそが、精神的にも経済的にも最も効果のある手法だということが証明されつつある。」
 老いを研究する学者であり、長期介護の改革を唱えるビル・トーマス医師は言う。「現状の健康保険のシステムは、人間をまるで複雑な機械のように扱っている。ダイヤルを調節するように患者をコントロールできる薬は持っているのに、患者の心と魂に働きかけるようなことは一切しない。」
「ほとんど効かない薬を開発する費用に比べれば、アメリカ中の老人ホームにいる患者に、それぞれのお気に入りである、“パーソナル・ソング”を届ける方が、よほど効果的だろう。」と語るトーマス医師。「一ヶ月1000ドル(約10万円)以上の抗うつ剤を処方箋として出すことは簡単。しかし残念ながら音楽療法は医学的行為として見なされない。投薬がビジネスになっているのです。」
さまざまな患者がヘンリーと同じように音楽に反応するのを目の当たりにしたベネット監督にとって、ダン・コーエンの治療方法を撮影し世界に知らせることがミッションとなった。「古くから音楽は人間にとってかけがえのないもの。だからこそ一緒に演奏して、踊って、歌う。我々の気づいていない驚くべき知恵がすでにそこにあるのではないだろうか。」
監督の人生を変えることとなったダンとの出会い、そしてその結果として結実したこの映画は、完成以来、音楽を治療として見直す必要性を大きく認知させることとなった。当初わずか3つの老人ホームで行なわれていたダン・コーエンの治療法は、映画によってもたらされた多くの募金の助けもあり、今では650もの施設で行なわれるようになった。ユタ州では老人に個人にあった音楽を提供することを検討しており、ウィスコンシン州では、政府が支援する初の試みとして、抗精神病薬の代わりに、個人にあった音楽を提供するプログラムが導入されることになった。しかし今すぐに介護を必要とする150万人以上の患者にとっては、まだまだ改善策が練られる必要がある。
成功への道のりは決して簡単なものではなかった。本作の撮影はわずかな奨学金でスタートし、完成までの資金を募るために、ヘンリーの様子を記録したクリップをミュージック&メモリーのウェブサイトで流した。しかしその反響は監督自身も驚くものだった。
「口コミが凄い勢いでひろがったんだ。6分ほどのクリップを、1週間で700万人もの人がウェブで観てくれて、驚くほど感動的な反応があった。まったく見ず知らずの人から50万円もの募金があった。映画が完成したのはみんながこの企画に賛同してくれたからだった。」
そこで得た募金と、奨学金、そしてクラウドファンディングのキャンペーンで集めた援助金をこの作品の製作費にあてた。また神経学者であり『レナードの朝』などベストセラー作家のオリバー・サックス博士や、ミュージシャンのボビー・マクファーリンにもアプローチして協力を得た。
監督は語る。「彼らは通常こういう企画にはあまり参加したがらない。しかし、脳と音楽の繋がりについてすでに本を執筆していたサックス博士は、音楽は人間が体験する中で最も脳に強く印象を与えるもので、通常であればアクセスできない深い感情や記憶まで甦らせることができると教えてくれた。作品の中で、ボビーの場面は特に気に入っている。彼がステージ上で<五音ロック>を披露する場面だ。音楽が我々にとって如何に自然なもので重要なものかを見せてくれる場面だと思う。」

作品完成後、観客が気に入るかどうかはまだ疑問だった。サンダンス映画祭がその疑問に答えてくれることになるのだが、監督自身はまだ半信半疑だった。
「100ドルのエントリー代を払いたくなかったから、応募は止めようかとも思った。締切の日の夜、妻に説得されて応募することにした。でも気づいた時にはフェデックスが閉まっていたんだ。妻が34丁目の郵便局がまだ開いていると教えてくれて急いで向かった。近くで交通渋滞に巻き込まれて、あと20分で閉まってしまうという郵便局に向かって走り出した。本当にちょうど閉まる直前に到着した。のちにサンダンス映画祭から正式招待の知らせを聞いたときは、夢を見ているような気分だったよ。」
作品は出品されたばかりでなく映画祭の観客賞まで受賞する。「すっかり夢心地だった」と監督。「映画祭では感動して涙が止まらなかったとか、21年間、毎年サンダンスに来ていて最高の映画だったとか、信じられないような感想をもらった。」
サンダンス映画祭での快挙以降、世界中で喝采を浴びることとなり、ミラノ国際映画祭ではベスト・ドキュメンタリー賞を受賞する栄誉を得た。
監督の夢は、介護ホームにいる老人にiPodを提供するだけではない。「私たちは個人が重要な役割を果たす社会にいる。そこでの繋がりはとても重要なんだ。音楽はその繋がりを促す大きな役目を担っている。いまは、老人も含めた人々のお気に入りの音楽をサーチできるようなアプリケーションを開発している。伯母が愛した音楽をその家族が見つけてやることができるようなアプリで、人生長く続く最高の贈り物を届けることができるはずさ。」
監督にとっての最終的なチャレンジは、音楽を使用した治療に関しても保険が適用されるように政府に働きかけることである。「数十万円もする薬なら保険がでるのに、4千円もしない音楽プレーヤーには出ない」と監督。

撮影当初からは予想しなかったほど、監督自身の人生も、この作品によって大きく変わった。「ダンが続けている治療が世界に広まるように願っている。“好きな歌は何ですか”と聞くだけでいいんだ。そして心と魂を癒してくれる音楽の力を知って欲しい。人間にとって音楽が如何に重要であるかを理解してほしい。僕はそれを映画で出会った数々の人たちから学んだ。」
さらに監督は語る。「音楽は、何百万人もの人間性を甦らせ、さらに可能性を拡げることができるのです。社会と繋がることができない人々にも手を差し伸べることができる。傷ついた彼らの魂に再び火を灯すことができる。認知症やアルツハイマーであったとしても人は感情を表すことが可能になり、自分自身が持っていた本来の人間性を甦らせてくれるのです。」

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