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監督は90歳の老女に問いかける。「あなたはどんな子供だった?」「……まったく思い出せないわ」「何を思い出せないの?」「……若いころにどう過ごしていたのかが全く思い出せないわ」

そんな彼女に、iPodでルイ・アームストロングの「聖者の行進」を聞かせてみる。すると老女の目がキラキラと輝き始めた。「これはルイ・アームス トロングね、学生時代を思い出すわ。母に内緒でコンサートに行ったの!」ひとつの歌から紡ぎだされる思い出は次々にあふれ、彼女は記憶を呼び覚ました。

『レナードの朝』の原作者オリバー・サックス医師は説明する。「音楽は感情に訴えかけることができるので心を呼び覚ますことができる。脳のさまざま な領域に届き当時の記憶を蘇らせる。そして認知症によって混乱してしまっている思考や言語の部分とは違う運動や感情の領域と結びつくために、認知症による ダメージが少ないのだ」と。

メリー・ルーは一見普通の中年女性だが、初期のアルツハイマーを患っていた。日常生活に支障をきたすようになっており、夫の介護がなければ一人では 何もできない。フォークとスプーンの違いが判らない、エレベーターの上と下の区別もつかなくなっていた。自分のふがいなさと夫に対する申し訳なさで涙が止 まらない。ダンは彼女の様子をつぶさに観察するうちに、彼女が孫をかわいがる様子を見て、愛情に関する脳の部分は昔と変わらず傷ついていないことに気付 く。ビーチ・ボーイズ「アイ・ゲット・アラウンド 」を聞いた瞬間に、彼女は満面の笑顔で、嬉しさのあまり椅子から立ち上がり、部屋中を軽快に歩き始めた。

これをきっかけにビートルズ「ヘイ・ジュード」「抱きしめたい」「ブラックバード」、ベン・E・キング「スタンド・バイ・ミー」など過去の名曲のイントロに瞬時に反応するほどに回復を見せる。彼女はうれし涙を流し、音楽によって人生の喜びを再び取り戻したのだった……。

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